トランプVS金正恩!(2) 人権侵害の撤廃と非核化を天秤にかけさせる交渉テクニック

  • 2018.9.12
  • 時事・ニュース

前回の記事では、米蝶首脳会談で見せたトランプ大統領の交渉テクニックの一端を取り上げました。今回は、さらに話を掘り下げて、金正恩氏との「統合的」合意に向けてトランプ氏が用いている駆け引きの一つを紹介しましょう。

 

2018年7月20日、トランプ氏は、「北朝鮮人権法」を2022年まで延長することを決定しました。これは、北朝鮮が非人道的な振る舞いを改めない限りは国際援助を停止するという内容のもので、2004年の初制定以来、アメリカから北朝鮮への圧力の一つとして機能しています。
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」の編集長を務める高英起(コウ・ヨンギ)氏は、トランプ氏のこの決定は、金正恩氏から一種の「譲歩」を引き出すための駆け引きであると分析しています。

高氏が考察するところによると、北朝鮮の独裁的支配者である金正恩氏にとって、国際社会が望む「完全な非核化」を決断することは、決して不可能ではないといいます。核開発・核保有は北朝鮮という国家にとって必要不可欠とまでは言えないため、金正恩氏が望みさえすれば、その放棄は可能であるというのです。
しかし、自国民に対する非人道的な取り扱いは、独裁国家たる北朝鮮の根幹をなすものであり、これだけは撤廃が不可能なものであるといいます。恐怖政治をやめた瞬間、金正恩氏は全能の支配者ではなくなってしまうのです。金氏としては、仮に非核化に関しては譲ったとしても、人権侵害問題だけは絶対に譲れないラインであるといえるでしょう。

 

トランプ氏はこのことをよくわかっています。金正恩氏にとって、自国民への人権侵害だけは譲るに譲れない一線であると理解した上で、敢えてその点を刺激する「北朝鮮人権法」の延長署名というアピールを行い、金氏に「この点を諦めてほしければ、非核化の方は飲むように」と決断を迫っているのです。

 

トランプ氏が用いている交渉テクニックは、まず相手に過大な要求を突きつけ、そこから「譲歩」の姿勢を見せることで、本来の狙いだった要求だけを確実に飲ませるというものです。
一見すると力関係にものをいわせて相手に無理を押し付けているようにも思えますが、決してそれだけではありません。金正恩氏としても、このままでは振り上げた拳を下ろせず、引くに引けない状況となっているのは百も承知でしょう。その状況に対して「落とし所」を提示しているのだと思えば、トランプ氏の態度も必ずしも威圧的で乱暴なものであるとは言えません。

 

突きつけられた二つの要求(非人道支配の撤廃と非核化)の内、片方はどうしても譲れないとなれば、せめてもう片方は譲るしかない。金氏の中でそうした計算が働くことをトランプ氏は読んでいるわけですし、金氏自身もまた、何もかもが思うままにはならないと理解した上で、相手がこうした選択を迫ってくるのを待っていたのかもしれません。

 

こうした駆け引きは、何も国際問題に限ったことではなく、私達の日常的な生活の場面でも活用できるものです。
以前の記事で紹介した「ドア・イン・ザ・フェイス」のテクニックとも関連する話ですが、「相手にとって受け入れづらい要求」と「それと比べれば受け入れやすい要求」を同時に提示し、前者を回避するかわりに後者を受諾させるというのは、ビジネスや人間関係の場合においても有効な手法です。

 

この手法を使っているシンプルな例としては、セールスマンが高額な提案と低額な提案を同時に出し、前者を断らせるかわりに後者を飲ませるといったケースが挙げられます。一方的に提案されたことであっても、何かを断るというのはやはり引け目を感じるものですから、「あっちを断った以上は、こっちはせめて応えてあげないと……」という心理に誘導されるのも自然なことです。もちろん、売り込む側としては、高額な方は断られることを承知の上で、低額な方だけでも受け入れられれば良しという算段で行動しているわけですね。

 

人間関係、例えばデートの誘いのような場合にも、この手法が用いられる場面は多いでしょう。遠くに遊びに行こうというような誘いを断られながらも、近場でお茶するだけといった誘いをかわりに飲ませ、ちゃっかりデートに漕ぎ着けてしまうというようなパターンです。これは極めて簡略化した例ですが、要は「あっちを断るかわりにこっちを……」という心理の動きさえ押さえておけば、いかようにでも応用が可能です。

 

こうした、日常にも使える交渉術の基本のようなテクニックを、極限までスケールアップさせると、北朝鮮に非人道支配を改めさせるか核を放棄させるかといった、重要な国際問題の交渉にまで応用できるようになるわけです。